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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8727号 判決

原告

西田福弘

被告

藤村英孝

ほか一名

主文

一  被告藤村英孝は、原告に対し、金三〇五六万一〇六八円及びこれに対する平成五年六月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告藤村英孝に対するその余の請求及び被告藤村清秀に対する請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告藤村英孝との間においては、これを五分し、その三を同被告の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告藤村清秀との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して、金四八九二万五九五六円及びこれに対する平成五年六月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、琵琶湖上のジエツトスキーによる事故により傷害を負つた者が、ジエツトスキーを運転していた者とその父親兼雇傭主に対し、民法七〇九条に基づき、損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠により認定するときは、証拠を摘示する。)

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成五年六月二七日正午ごろ

(二) 場所 滋賀県守山市琵琶湖上

(三) 事故船舶 被告藤村英孝(以下「被告英孝」という。)運転の大型ジエツトスキー(ヤマハTL六五〇、以下「本件大型ジエツトスキー」という。)

(四) 事故態様 原告が小型ジエツトスキー(カワサキX二六五〇、以下「本件小型ジエツトスキー」という。)を運転している途中、転覆したため、本件小型ジエツトスキーに両手でつかまりながら、水中に浮かんでいたところ、被告英孝の運転する本件大型ジエツトスキーが、原告の背後から原告の左手に衝突した。

2  原告の治療経過

原告は、本件事故当日、草津中央病院で応急処置を受け(甲九)、翌日の平成五年六月二八日、道仁病院にて診察を受け、左上肢挫滅創、左橈骨神経麻痺、左橈骨神経損傷、中指・環指伸筋腱癒着、左総指伸筋腱癒着と診断され、右治療のため、同病院に、同日から同年七月三〇日までの三三日間、平成六年一月一九日から同年三月四日までの四五日間、同年一二月一一日から同月二二日までの一二日間の合計九〇日間入院した(甲六、八)。

また、原告は、平成五年七月から平成七年一月までの期間、実日数にして二二九日間、同病院に通院した(甲八)。

なお、右の期間内に、原告は、大阪市立大学医学部附属病院、田中鍼灸治療院等にも通院した(甲一〇、一一の1ないし4、一二の1ないし3、一三)。

3  損害のてん補

原告は、健康保険から傷病手当金三七九万四九五八円の支払を受けた(甲一五の1ないし8)。

被告英孝は、原告に対し、治療費として、三六万七二八〇円を支払つた(乙一)。

二  争点

1  被告らの責任及び過失相殺

(原告の主張)

(一) 被告英孝の責任

被告英孝は、ジエツトスキーの運転に必要な四級小型船舶の運転免許(以下「免許」という。)を有しておらず、しかも、運転技術が未熟であるにも拘わらず、本件大型ジエツトスキーを運転したために、運転操作を誤つて本件事故を起こしたのであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故につき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告藤村清秀(以下「被告清秀」という。)の責任

被告清秀は、被告英孝の父親であり、雇傭主でもあるのだから、被告英孝を監督する義務があるのに、これを怠り、漫然と被告英孝が無免許で本件大型ジエツトスキーを運転するのを放置していたために、本件事故が生じたのであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故につき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(三) 過失相殺

なお、原告にも、被告英孝が無免許で本件大型ジエツトスキーを運転するのを黙認していたという過失があるが、原告の過失割合は四割である。

(被告らの主張)

(一) 被告英孝の責任について

原告は、被告英孝が無免許であり、ジエツトスキーの運転技術が未熟であるのを知りながら、被告英孝に、本件大型ジエツトスキーを運転して、自分を救助するように指示したのである。

よつて、本件事故が起きたのは、原告の責任であつて、被告英孝には責任はない。

仮に、被告英孝に責任があるとしても、相当の過失相殺をするべきである。

(二) 被告清秀の責任について

被告清秀は、被告英孝の父親であり、雇傭主であるが、被告英孝は、本件事故当時、既に成人であつたのだし、本件事故は、被告清秀の業務と何ら関連性がないから、被告清秀に被告英孝を監督する義務はない。

よつて、被告清秀には、本件事故につき、責任はない。

2  損害額

(原告の主張)

(一) 入院雑費 一一万七〇〇〇円

一日当たり一三〇〇円として九〇日分

(二) 休業損害 六九七万五八三三円

原告は、本件事故の前年の平成四年に年収七六一万円を得ていたところ、本件事故により、一一か月間休業したから、休業損害は、次のとおり、六九七万五八三三円となる。

761万円÷12×11=697万5833円(円未満切捨)

(三) 逸失利益 五九三七万七四〇五円

原告は、前記のとおり、年収七六一万円を得ていたところ、本件事故により、平成七年一月二四日、左手関節・左手薬指・左手中指の運動障害及び腕の手術痕を残して症状固定し、その労働能力を六七歳に至るまで、三五パーセント喪失した。

そして、原告は、右症状固定時には、二五歳であるから、ホフマン方式により、二五歳から六七歳までの四二年間の中間利息を控除して、原告の逸失利益を算定すると、次のとおり、五九三七万七四〇五円となる。

761万円×0.35×22.293=5937万7405円(円未満切捨)

(四) 入通院慰藉料 一九六万円

(五) 後遺障害慰藉料 五七〇万円

(六) 過失相殺

前記のとおり、原告にも四割の過失があるので、右合計額の七四一三万〇二三八円から、四割を控除すると、四四四七万八一四二円となる(円未満切捨)。

(七) 弁護士費用 四四四万七八一四円

よつて、原告は、被告らに対し、民法七〇九条に基づき、連帯して、四八九二万五九五六円及びこれに対する不法行為後の平成五年六月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの主張)

(一) 逸失利益について

原告には、後遺障害は存在しない。

(二) 慰藉料について

原告は、生命保険会社から、障害給付金一五〇〇万〇二四六円を受け取つているので、慰藉料を減額するべきである。

第三争点に対する判断

一  被告らの責任

1  当裁判所の認定した事実

証拠(甲五、一三、乙三、原告、被告英孝、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

被告英孝は、被告清秀の息子であり、本件事故当時、二五歳で、被告清秀の経営する酒店に勤務していた。

本件事故当日の午前八時三〇分ごろ、松井某(以下「松井」という。)の呼びかけで、親戚知人等が集まり、松井、原告、被告らを含む一三名(以下「一三名」という。)が、ジエツトスキーで遊ぶため、滋賀県守山市の琵琶湖の浜を訪れた。

一三名が使用したジエツトスキーは、本件大型ジエツトスキーと本件小型ジエツトスキーの二台であるが、大型ジエツトスキーは、大きくて安定性が高く、転覆しにくいが、反面、傾けて方向転換することが難しく、小型ジエツトスキーは、小さくて安定性が悪く、転覆しやすいが、反面、傾ければ、比較的容易に方向転換のできるものである。そして、その二台とも、原告とその兄が共有していた。

なお、ジエツトスキーには、ブレーキがなく、ジエツトスキーを停止させるには、ジエツト噴射を止め、水の抵抗で、自然に止まるのを待つしか方法はない。また、ジエツトスキーの方向転換は、主として、ハンドルでジエツト噴射の方向を変えることによつて行うので、ジエツト噴射を止めてしまうと、方向転換は、ハンドルではできなくなる。

一三名のうち、免許を有していたのは、原告とその兄と松井の三名だけであり、被告らを含む一〇名は、免許を有していなかつたので、最初のうちは、無免許者がジエツトスキーを運転する際には、免許者が同乗して運転の仕方などを指導していたが、次第に、無免許者が一人で運転したり、無免許者同士で二人乗りしたりするようになり、代る代る二台のジエツトスキーを運転して遊ぶようになつた。

原告は、被告英孝らが無免許であることは知つていたが、無免許者が一人でジエツトスキーを運転したり、無免許者同士で二人乗りしたりしても、特に、止めたり、注意をしたりもしなかつた。

同日の正午ごろ、原告は、女性を同乗させ、二人乗りで本件小型ジエツトスキーを運転し、浜から二〇〇ないし三〇〇メートルほど沖に出たとき、転覆してしまつた。

原告は、本件小型ジエツトスキーを起こして、再び乗ろうとしたが、小型ジエツトスキーは、転覆しやすい上、女性と二人乗りしていたために、うまく本件小型ジエツトスキーを起こすことができず、そのうちに、エンジンルームに水が入り、エンジンがかからなくなつてしまつた。

そこで、原告は、転覆した本件小型ジエツトスキーに女性を乗せ、水に、肩ないし胸まで浸かつた状態のまま、浜に背を向け、右手で船尾を、左手でハンドル付近を持ち、左手指でエンジンのセルモーターをまわしてエンジンルームの排水をして本件小型ジエツトスキーが沈むのを防ぎながら、誰かがジエツトスキーで助けに来てくれるのを待つていたところ、転覆から一〇分位して、たまたま、被告英孝が、本件大型ジエツトスキーを運転し、その付近を通りかかり、原告らの様子を見て、近づいてきた。

そこで、原告は、被告英孝に救助を頼むことにしたが、被告英孝が、その時、妹を本件大型ジエツトスキーに同乗させており、それ以上、大型ジエツトスキーに人が乗り込むのは難しいので、原告は、被告英孝に、一旦、浜に戻つて、妹を降ろして一人で本件大型ジエツトスキーに乗り、救助しに来てほしいと告げた。

そこで、被告英孝は、一旦浜に戻つて、妹を降ろし、再び本件大型ジエツトスキーに乗り、一人で原告の救助に向かつた。

なお、被告英孝は、本件事故当日より前に、小型ジエツトスキーの運転経験はあつたものの、大型ジエツトスキーは、このときが初めての運転であつた。

被告英孝は、急いで救助に向かうため、通常よりもスピードを出して走行し、原告の浮かんでいた地点から約五〇ないし六〇メートル手前で、本件大型ジエツトスキーのジエツト噴射を止めたが、思うように本件大型ジエツトスキーが停止せず、惰性で直進し続け、原告に近づいていつたので、ハンドルをまわし、方向転換して原告との衝突を避けようとしたが、このとき、すでにジエツト噴射を止めていたので、方向転換ができず、そのまま直進し続け、前記のとおり、原告の左手に本件大型ジエツトスキーを衝突させた。

2  被告英孝の責任

前記認定事実によれば、被告英孝は、免許を持たず、ジエツトスキーの運転技術も未熟であり、特に大型ジエツトスキーを運転するのは初めてであつたから、原告から救助を頼まれたとしても(なお、救助を求めた原告の状態が一刻を争うような危険な様子であつたとは認められない。)、誰か別の人に運転を頼む等するべきであつたし、自分が救助に向かうのなら、慎重に運転し、原告に衝突しないように、十分手前からジエツト噴射を止めておくべきであつたのに、漫然とスピードを出して運転の上、ジエツト噴射を止めるのが遅かつたため、原告の手前で本件大型ジエツトスキーを停止させることができず、原告に本件大型ジエツトスキーを衝突させてしまつたのであるから、被告英孝には過失が認められる。

よつて、被告英孝には、本件事故につき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  被告清秀の責任

前記認定事実によれば、被告清秀は、被告英孝の父親であり、雇傭主であることは認められるが、本件事故時には、被告英孝は既に成人であり、十分な判断能力を有していたのであるし、本件事故は、被告清秀の酒店との業務とは何ら関連性がなかつたと認められるので、被告清秀には、被告英孝を監督、または指揮する義務はなかつたと認められる。

よつて、被告清秀には、本件事故につき、原告に生じた損害を賠償する責任は認められない。

4  過失相殺

前記認定事実によれば、原告は、被告英孝が、無免許で、ジエツトスキーの運転技術が未熟であることを知りながら、被告英孝がジエツトスキーを運転するのを容認し、しかも、大型ジエツトスキーに初めて乗る被告英孝に、別の人に運転してもらうように明確に指示もせず、漫然と救助を依頼し、そのために、本件事故が生じたのであるから、原告にも、過失が認められる。

そして、原告と被告英孝の過失割合は、以上述べた事実及び諸般の事情を考慮の上、双方とも五割とする。

二  損害額

1  入院雑費 一一万七〇〇〇円

前記のとおり、原告は、本件事故により、九〇日間入院したことが認められ、一日当たりの入院雑費は、一三〇〇円が相当であるから、原告主張のとおり、一一万七〇〇〇円の入院雑費を認める。

2  休業損害 六九七万五八三三円

証拠(甲三、八)によれば、本件事故当時、原告は、父親の経営する有限会社西田化学工業所に勤務し、本件事故の前年の平成四年の年収は、七六一万円であること及び原告は、本件事故により、右勤務先を約一一か月間休業したことが認められる。

よつて、休業損害は、原告主張とおり、六九七万五八三三円と認める。

3  逸失利益 四六四五万八八二一円

証拠(甲四、一三、原告、弁論の全趣旨)によれば、原告は、昭和四五年三月六日生まれの男子で、本件事故により、平成七年一月二四日、左手関節の可動域が右手関節の二分の一以下に制限されるという後遺障害を残し、その労働能力を六七歳に至るまで、二七パーセント喪失したと認められるが、原告の主張する左手薬指及び中指の運動障害や左腕の手術痕は、その内容・程度等に照らし、労働能力に影響はないと認められる。

また、前記のとおり、原告は、平成四年に年収七六一万円を得ていたと認められる。

以上により、原告の年齢は、症状固定時において、二四歳であり、基礎収入は、年収七六一万円で、労働能力喪失率は二七パーセントであるから、ホフマン方式により、症状固定時の二四歳から六七歳までの四三年間の中間利息を控除して、原告の逸失利益を算定すると、次のとおり、四六四五万八八二一円となる。

761万円×0.27×22.611=4645万8821円(円未満切捨)

なお、原告に左手薬指及び中指の運動障害や左腕の手術痕が残つたことは、右逸失利益の算定には考慮していないが、後遺障害慰藉料の算定において考慮する。

4  入通院慰藉料 一五〇万円

原告が、前記のとおり、入通院したこと等一切の事情を考慮し、入通院慰藉料は、一五〇万円とする。

5  後遺障害慰藉料 五〇〇万円

原告が、前記のとおり、左手関節の運動障害の後遺障害を残したこと、また、原告には、この他にも、逸失利益の算定には考慮していない左手指の運動障害や腕の手術痕が残つていること等一切の事情を考慮し、後遺障害慰藉料は、五〇〇万円とする。

なお、被告らは、原告が生命保険会社から障害給付金を受け取つているから慰藉料を減額するべきである旨主張するが、証拠(甲一六、原告)によれば、その保険の契約者は原告の勤務していた前記有限会社西田化学工業所であり、保険料も同会社が支払つていたと認められるので、右事情は、慰藉料の算定に際し、考慮しないことにする。

6  損益相殺

以上の合計額は、六〇〇五万一六五四円となるところ、前記のとおり、原告は、健康保険から、傷病手当金三七九万四九五八円の支払を受けたことが認められる。

よつて、これを右合計額から控除すると、五六二五万六六九六円となる(健康保険から支払われる傷病手当金については、過失相殺より前に控除するのが相当である。)。

7  過失相殺

前記のとおり、原告には五割の過失があるので、右額から、五割を控除すると、二八一二万八三四八円となる。

8  弁済

前記のとおり、被告英孝は、原告に対し、治療費として、三六万七二八〇円を支払つたことが認められる。

よつて、これを二八一二万八三四八円から控除すると、二七七六万一〇六八円となる。

なお、原告は、治療費の請求をしていないが、被告英孝の右弁済は、治療費のみに充当することを趣旨とするとは解されないので、右のとおり、治療費以外の損害費目から控除することにする。

9  弁護士費用 二八〇万円

本件事案の内容及び認容額等に照らし、弁護士費用は、二八〇万円が相当である。

三  結語

以上により、原告の被告英孝に対する請求は、三〇五六万一〇六八円及びこれに対する不法行為後の平成五年六月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告の被告清秀に対する請求は、理由がない。

(裁判官 松本信弘 石原寿記 宇井竜夫)

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